5月に、ひとつ大事なものを失った。
奥歯である。
正確には、失ったというより抜かれた。
奥歯が痛くて歯医者に行ったところ、「割れていますね」と言われた。
「アブドーラ・ザ・ブッチャーの額じゃないのだから」なんて言う間もなく、そのまま抜歯することになった。
そして今もまだ、右上の奥歯が一本ない状態で生活している。
正直、最初は軽く考えていた。
奥歯が一本なくなったくらいで何が変わるのか。左もあるし、前歯も健在。生きていく上で大きな影響なんてないだろうと思っていた。
ところが、これがとんでもなく不便だった。
食事のたびに左側へ食べ物を寄せる。無意識に噛もうとして、「あ、そこ無かった」となる。
もっと奥で噛もうとすると、抜けた場所に食べ物が入り込み激痛が走る。
前歯に至っては、見た目担当なのかと思うほど咀嚼に役立たない。
失って初めて気づく。
奥歯、めちゃくちゃ働いていた。
たかが歯。
されど歯。
そんなことを考えさせられた5月だった。
考えてみると、これは歯だけの話ではない。
仕事もそうだ。
毎日当たり前のように顔を合わせる仲間。
当たり前のように来てくださるお客様。
当たり前のように動いてくれているスタッフ。
当たり前のように続いている取引先との関係。
悲しいかな、失ってからその存在の大きさに気づくことがある。
家庭も同じだ。
家族がいてくれること。
健康でいられること。
何気なく過ごしている日常。
それらは全部、当たり前ではない。
むしろ、本当に大切なものほど普段は見えにくい。
奥歯みたいなものかもしれない。
ある時は気にも留めないのに、なくなった瞬間に存在感を発揮する。
だから本当は、失う前に気づきたい。
感謝も、労いも、「いてくれて助かる」という言葉も、無くなってからでは遅い。
もちろん人間だから忘れる。
僕もきっとまた忘れる。
だから時々こうして、奥歯一本に教えられるのだろう。
失ってから気づくのではなく、失う前に気づける人でいたい。
それが、5月に奥歯から教わったことだ。
とはいえ。
やっぱり奥歯はあった方がいい。
もちろん、人も同じ。














