今年一年を振り返り、「色々とロクでもない事ばかりが身の周りに起こったなぁ…」なんて悲壮なことばかりを思い浮かべながらウトウトしている時、一年を一文字の漢字で表すことなんてしたこともないのに、
「コロナもあって、色々失うことが多くて、どうしようもなく悩みの深い一年やったから、今年は〔失〕やな…」
って思う、真夜中のマイナス思考。
僕は、靄(もや)に包まれた深緑色の川に腰まで浸かり、やたらと目から光を放ち、カーカーと鳴く黒い鳥に招かれるように、向こう岸に渡ろうとしている。
そんな時、
「パパッ!パパッ!これ見て!早く見てッ!」
と、僕が元々いた岸から叫ぶ声が聞こえてきた。
ランドセルを背負い、おかっぱ頭で枝豆みたいな顔の、小学四年生の娘だった。
娘は、裁判の後にダッシュで飛び出して、「無罪」の紙を広げる記者みたいな持ち方で書道半紙を広げ、こちらに向かって何かをアピールしている。
「パパーッ!これーッ、一年を漢字一文字で書くっていうテーマで、のんちゃん、賞もらったんやでーッ!凄いやろーッ!見てーッ!!」
そう言いながら、嬉しそうに書道半紙を揺らしている。
向こう岸から飛んできた2匹の黒い鳥が、せかすように僕の頭の上でカーカーと鳴いた。
なぜか急に焦りを感じた僕は、
「パパは、あっちに行かないといけなくなってね。ごめんね、のんちゃん。パパはもう、やっぱり、あっちに行かないと。ごめんね。」
そう呟いて、向こう岸の方に向き直りかけた。
その時、
「パパ―――――――ッ!これ、見て――――――――――――ッ!!」
という凄まじい大絶叫が耳に飛び込んできた。
驚きのあまり、もう一度娘の方を見返した瞬間、小さな体で、精一杯高く掲げた書道半紙の文字が、ハッキリと見えた。
「〔笑〕… わ、ら、う…」
ボソボソと呟いたはずの声に、なぜか娘は反応し、
「そうやで!〔笑〕って書いてんッ!どう?上手い?凄いやろッ!」
いつもの自慢げな声が、僕の耳元で喋っているかのようにハッキリと聞こえた。
いつそこに戻ったのか分からない。
気が付けば、僕は〔笑〕と書かれた半紙を持つ娘の前に屈んで、おかっぱ頭を撫でていた。
「大きい字で凄いね。凄く上手いし。なんで〔笑〕を選んだん?」
僕がそう訊ねると、娘は当たり前だと言わんばかりの表情で、
「いつも笑ってるからやん!パパも、ママも、のんちゃんも。」
と、鼻を膨らませながら言った。
久しぶりの夢だった。
いつも起きる時間と同じ時間に、いつもと同じように目が覚めた。
なのに、なぜか泣いていた。
起き上がってリビングに行くと、テーブルの上に折りたたんだ書道半紙とメモ書きが置いてあった。
半紙には、〔笑〕と大きな一文字が書かれていて、引っ付いていた小さなメモには、
「賞をもらったから、100円ちょうだい!」
と、無造作に書かれていた。
書道半紙を改めて広げた。
〔笑〕の竹冠が、なぜかケラケラ笑っているように見えて、僕もケラケラと笑った。
戻ってこれて、良かった。