今から7年前に、「【伝える】より【届ける】の方が良い」というようなことを書いた。
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【伝える】に違和感を抱いたのは、何かを話すたびに何度も「伝わってますか?」と確認するセミナー講師の口癖にイライラしたのがきっかけだった。
【伝える】が、取りに来させているような気がして。
それがとても大切なものだったとしても、自分では運ぶことなく、誰かに運んでもらったり、誰かに取りに来てもらったり…
ぼくにはそれが、不親切さや無責任さに感じられて、あの日から、出来るだけその言葉を使わずに、【届ける】を使うように心がけている。
【届ける】は主体的だ。自分で持っていく気概を感じる。
「気持ちを伝える」より、「気持ちを届ける」の方が、ハートにグイグイ来る感じがして良い。
言葉にこだわるのは、言葉が行動を決めることを、何度も経験して、実感したからだ。
〔思考 ⇒ 言葉 ⇒ 行動 ⇒ 習慣 ⇒ 性格 ⇒ 運命〕
「こうありたい!」という思考を言葉にしたとき、「そうしなきゃ!」という意識を生む。油断すると、うっかり忘れてしまうけれど、それでもみんなで「こうありたい!」を言い合ったりしているうちに、実感に出会ったりする。
言葉を、届けてもらった。
届けられた言葉が、また次の思考に繋がり、言葉を撒き、行動を育む。
〔思考 ⇒ 言葉 ⇒ 行動 ⇒ 習慣 ⇒ 性格 ⇒ 運命〕
「自分は、自分でしか変えることが出来ない。」と、「自分は、自分で変えることが出来る。」は、同じようで同じではない。
運命は、きっと、笑顔の君に出逢いたがっているハズだ。